67年前星田原子炉設置反対運動 シリーズ最終稿
交野革新懇代表世話人 立花勝博
ヘリコプターから投下「原子炉は安全」ビラ
青空にヘリコプターが飛び、あざけるように、原子炉の安全訴えるビラをまいた。空を見上げる村人の顔の上、田の中、屋根の上にビラはゆっくり降り、田で仕事をしていた人の前にも落ちた。
「―安全は保証されています。自動車や電車にブレーキがあるように、原子炉の運転にもいろいろな安全装置がついておりーーふん、何吐かしてけつかんねん。自動車もフレーキがよう故障するわい。人間の作った物は何でも故障する。せやよって人間なんじゃ」
“原子炉は安全”というビラを阪大の学生が星田駅でまいたりした。原子炉建設を推進する大阪府原子炉平和利用協議会は、当時の中曽根康弘科学技術長官をよんで四條畷高校で原子炉の安全性を訴える講演会を開催した。
交野町役場まで大デモ
7月27日(月) 交野町役場へ、デモ行進
午前8時星田小学校校庭に集合!一家に一人は必ず参加下さいとプリントが回る。まだ住民の反対を認めようとしない町長に、昨日行なった区民大会の決議文を突きつけることになった。農家の朝は早く、七時半頃には約千人が集まってきた。警察への届出はすでにすんでいる。夏休みで子どもの参加も多い。ある老母は自転車の後ろに取り付けたリヤカーに筵を敷き、蝙蝠傘をさし、孫を抱いてちょこんと座っている、参加のお礼を述べると、「御先祖はんの土地を原子炉や何やでよごしとうないよってなあ、ええ死に土産になりま」としぼんだ口で言う。村人は思い思いの趣向で参加、ハナヤのおっちゃんは、金棒代わりに肥桶の天秤棒をついて、高下駄はきでのっしのっし歩き、鬼の面をかぶっている。教授も四十七士が討ち入りの時に用いたような小さなおもちゃの陣太鼓を叩いている。「母の力と涙で子どもを守ろう」と書いた大きな横断幕を掲げている女達。「原子炉反対」の筵旗。薬罎をたたく者、案山子をかつぐ者、鍋を被る者、まるで仮装行列である。

「原子炉反対、絶対反対」とシュプレヒコールをしながら、学校より約三キロほど離れた倉治の町役場までドンドンと陣太鼓の音もいさましく堂々とデモ隊は進む。炎天下、行列のシュプレヒコールが、むんむんと草いきれのする田の道にさしかかると、鳴いていたキリギリスは飛んで逃げ、交野の山々が青くそびえる。隣村の私部に入ると、何事かと村人が窓から覗いたり、ぴっしゃと戸を立ててしまう村人、手を振ってくれる者、さまざま。十時半にはデモ隊は赤いレンガの役場を取り巻き「原子炉反対」を大声で叫ぶ。その声は役場を超え町を越え、交野の山々に響く。
二階の審議室には村人20名が傍聴券をもらい入室を許可された。その村人達の見守る中で、代表と町長等推進派との話し合いが続く。「町長、まだ反対を認めてくれないのですか」「府で一度決まった事はなかなか変えれんのだ」「町長あんたが呼んで来たやないですか」「今ではもう国の動きなんだよ。この間中曽根国務大臣が来ましたし・・・」「原子炉好きなら、星田以外の所へ呼べ」と野次が飛ぶ。「考えてみ給えよ。星田の代表の町会議員は賛成しとるんだよ。
町長としては正式には星田は賛成と見るしかないじゃないか。みなさんもですな、もっと勉強して原子炉を理解し給え」
町会議員糾弾
7月29日(水)実行委員・町会議員懇談会
町会議員五名全員がとうとう話し合いに応じた。多くの村人が見守る中、公民館の壇上に町会議員と実行委員会が向き合い、激しいやりとりを続けている。ある町会議員は「いや、私たちはでんな、町の方針に基づいただけで、個人的には別に賛成とは違いますがな。町議会が星田に原子炉を持って来ると決めたら、町会議員としては、それに従わんなりまへんがな。そうだっしゃろ」他の4人の町会議員も頷く。実行委員のある方が「その町の方針とは一体誰が決議するんです」と激しく言うと、5人の町会議員はうつむいてしまった。「そうでしょう。あなた方がそこで賛成せず、星田がこれだけ反対しているから、その代表である自分達反対だと、しっかり主張してくれていたら、こんな騒ぎにはならなかったはずです。」「そや、そや」場内の村人達が一斉に加勢する。「この議員は個人的には原子炉に賛成ではない。町の方針で仕方なく賛成したとおっしゃる。それでは星田の代表者である貴方は、これからは私達星田住民の支持をし、共に闘ってくださるわけですな」とつめよるとある議員が怒ったように「そうだァ」と答えた。わぁと勝利の拍手が場内に起る。
町議会開かれる
7月30日(木)町議会開かれる
星田出身の議員達が原子炉反対を町長に声明するというので、村人は再び町役場に詰めかけた。皆が熱く見守る中で町長が先程より「それでは約束が違うやないか」と町会議員達の反対声明に驚き、赤くなったり、青くなったりしている。「とにかく星田区の議員としまして、原子炉は反対せんならんのですわ。反対しまっさ」と渋々に声明し、傍聴席は盛んな拍手を送った。そして「反対声明完了」という紙を窓から下に落として知らせる。表で待っていた村人達がそれを見て、歓声を上げる。
町長はそのあと表に引っぱり出されて、机の上に立たされ、村人の前で、府に無条件白紙還元を申し入れることを誓うようにせまられた。しかし町長としても坂道をころげ出した大阪府という大きな石は止められないのだ。「わしが言うても府が聞き入れるかどうか分らん」と飛びおりてダット逃げ出す。
交野町「慎重研究」を声明
8月6日(木)交野町「慎重研究」を声明
原爆忌である。教授の妻は、同じ原爆を作ろうと思えばすぐに作れる原子炉が、自分の村に強引に押しつけられようとしている事を思うと、今まで感じたことのない被爆者との連帯感を覚え、彼等の憤りと悲しみが身に滲みた。
昼すぎ町は「慎重研究」を発表し、教授や村人たちは飛び上がって喜んだ。が、夏空から再び雪のようなチラシがヘリコプターから静かに舞い降りてきた。その白い雪は、「私達の生活から電気がなくなったら・・・・電灯はおろか電車も自動車もない昔の生活のようになるてしょう。この危機を救い解決してくれるのが原子炉です・・・」と書かれた、原子炉平和利用協議会からの大阪府一円に撒かれたチラシであった。その時、星田駅では大阪大学の学生数人が勤め帰りの人に原子炉安全のビラを配っていた。
8月14(金)府より視察団来る
再び村中にけたたましく電話が鳴る。「慎重研究」ということで安心していた村人には寝耳の水の驚きである。盆の14日はどこの家でも先祖の霊を迎えて仏事に忙しい日である。それでも村人は「すわ一大事」と現場へと駆けだして行った。すでに水本村の人達が怒って駆けつけている。合流した二村の住民は一歩たりとも畦に登らせぬと、手を組みあいズラリと畦に立ちはだかり、自らバリケードになる。やがて府原子炉推進委員の大阪府会議員ら15名の視察団が、「原子炉設置反対」とあちこちに杭が打たれている道に車を降り立った。「ここはうちの畦道や、勝手に通ったら承知せえへんで」5人の女の人が鍬の柄を横にして通行止めをする。それで視察団は登ろうとすると「こら!そこはうちの畑じゃ、一歩も入ることならん!」百姓達が顔を赤くして怒鳴り視察団に迫った。その殺気にさしもの視察団も再び乗車し、すごすごと帰庁して行った。
町役場にて原子炉再審議 二千人の大デモ
8月15日(土)9時より12時まで推進委員の府会議員を呼び、町議員20名で慎重研究の下に原子炉の再審議を行なう旨、町長より通達があり、星田より五名だけ、傍聴が許されている。よって、もう一度デモをしてほしい・・とプリントが回る。くしくも終戦記念日である。
「盆もくそもないやんけ、御先祖に怒られる」と村人は鬼のように怒りだした。デモは寝屋川市300人、水本村700人、星田1000人と三隊合流する手筈になっている。8時半には三隊合流の2000人以上のデモ隊が町役場を取り巻いた。以前より物々しく、筵旗がはためき、垂幕がなびく。村人の額には汗と手垢で黒ずんだ、原子炉反対の白鉢巻が閉められている。殺気立った群衆の様子に油蝉すら何事かと声を潜め、ただ真夏の太陽だけがカッと怒るように照りつけている。
町長は、シュプレヒコールもせず、異様に押し黙った200人をはるかに超えるデモ隊の怨念とも言うべき、無言の威圧に顔色なく、玄関先をうろうろと震えながらいた。
これ程までに反対している所に、なぜ原子炉を持ってこなければならないのかという世論も起こり、
8月17日(月)、交野町長は、大阪府より申し入れの原子炉設置を白紙に戻すことを大阪府へ申し入れました。9月27日執行の交野町会議員選挙で、原子炉建設反対の世論が強く反対派が多数をしめ、12月7日交野案は正式に断念されました。

4次案・四條畷「逢坂」案に移動
次の候補地に四條畷の飯盛山の広陵の逢坂地区が決定されました。
当時の四條畷では、設置可否をめぐって意見が両分し、原子炉設立により地域開発を進めんとする町長を中心とした誘致派と、地域住民の安全を保証し難いとする反対派が対立し遂に町長リコールに発展し、署名数が法定数に達するに及び、住民投票が行なわれ町長リコールを成立されました。
四條畷町、寝屋川市、大東市、交野町の4地区設置反対期成同盟連合が、大阪府の関西研究炉設置準備会ほか三団体及び知事に対し、撤回要望書を提出、そして、大東・四條畷から大阪府に対する波状的取り組み。四條畷から大阪市北区扇町公園まで数百人のデモを行い、反対派の町長が僅少差で当選するに及んで、設設計画の白紙撤回を勝ち取りました。
いまから67年前とはいえ、自冶体が誘致に動いた中で、住民運動と草の根の闘いで交野町で原発の立地を断念させた闘いは、住民の命と安全を守る草の根のたたかいに取組んでこられた方々に、心からの感謝を申し上げます。貴重な歴史の経験を現代の住民が守り、発展させていく責任を感じないわけにはいきません。
※史料・参考文献
- 交野町略史、寝屋川市誌、枚方市史、四条畷市史
- 水本村・議会議事録、交野町・議会議事録
- 原子炉発電を考える妙見坂小学校授業実践のための教材・資料集”えらいこっちゃ”
- 樫本喜一 関西原子炉交野案設置反対運動を事例に
- 実録 関西原子炉物語

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